
写真は残っていないのに、なぜか覚えている景色があります。
子どもの頃に住んでいた家。花火をして遊んだ庭。学校から帰る途中にいつも見ていた風景。
ぼくにも、ずっと頭の中に残っている一場面があります。
子どもの頃に住んでいた台北の家で、弟と二人、高い塀の向こうに見える隣家の屋根を眺めていた記憶です。
写真はありません。
絵にしようとしても、木はどこにあったのか、梯子はどんな形だったのか、細かいところまでは覚えていない。
それでも、塀が子どもの自分にはとても高く感じられたことや、その向こうに屋根が少しだけ見えていたことは、妙にはっきり覚えています。
そんな曖昧な記憶を、ChatGPTに言葉で伝えて絵にしてみました。
最初から思いどおりになったわけではありません。
何度か画像を作り、見ながら言葉を足したり引いたりするうちに、「AIに昔の風景を再現してもらう」こととは少し違う面白さが見えてきました。
今回は、実際に使った文章と生成された画像を見ながら、その過程を紹介します。
まず、覚えている一場面から
AIで絵を生成するのは、どんな思い出からでも始められます。
たとえば、学校帰りによく寄った場所、初めて働いた職場、家族が集まっていた食卓。
派手な出来事や大事件でなくても構いません。
ぼくが今回選んだのも、弟と隣の家を眺めていた、ただそれだけの場面です。
最初に送ったのは、こんな文章
実際にChatGPTに入力した指示文(プロンプト)です。
あらかじめ「画像を作成する」を選んでいます。
子どもの頃、昭和30年代親の出張で台北に住んでいた。隣の家との間に子どもにとっては高い塀があった。塀の上に隣家の西洋風の屋根が少し見えていた。塀のこちらには何本かの木が植えてあり、踏み台になる岩や普段は使わない家具や梯子がおいてあった気がする。ぼくは弟と木に登ったり、岩や梯子を使って、隣の家を眺めたものだ。
絵の用語は、なにも使っていません。「おいてあった気がする」という曖昧な部分も、そのままです。
「子どもにとっては高い」という言葉は、単なる寸法以上の手がかりです。画中での塀の高さに反映されます。
この依頼から、最初に生成されたのがトップの画像です。
こうして画像になると、何をどうしたいか考える足場ができます。
もちろん、絵に描かれたからといって、それが実際にあったことにはなりません。
「木はこんなに太かったかな」「塀はもう少し高かったかもしれない」。
画像があることで問いかけが生まれます。
屋根の形、服装、家具の種類など、こちらが指定していない細部はAIが補っています。
「自分が覚えていること」と「AIが描いたこと」の違いに注目しましょう。
言葉にするときは、五つの手がかりを
文章がまとまらないときは、次の五つを短く書いてみてください。
- いつ・どこで:昭和30年代の台北、夏休みの祖母の家など。
- 誰が、何をしていたか:ぼくと弟が、木や梯子を使って隣を見ていた。
- 物の位置関係:塀はこちらと隣家の間にあり、屋根だけが上に見えた。
- 自分にとっての大きさや感覚:子どもには高い塀だった。
- 覚えていないところ:家具の種類は曖昧、顔や服装はよく覚えていない。
基本的な進め方は「文章を送る→絵を見る→言葉で修正」
ChatGPTのチャットに、文章で依頼を送り、画像ができたら、その絵について直したいことを続けて伝えます。
最初の画像を見て、「悪くないけど、もっと明るくしたいな」と思ったぼくはこう伝えました。
大体いいです。画風を絵本風にして。画角は横長16:9で頼みます。
16:9は、横に長い形です。後でテレビに映したり、横長の動画に組み込んだりしたい場合にも使いやすい比率です。

絵のスタイルが堅苦しく感じたので、さらに、次のように頼んでみました。
水彩絵本調にしてください

「絵本風」という言葉で思い浮かべる絵は、人によって違います。細密な水彩画も、数本の線だけで描いた絵もあります。
今回も、言葉を変えれば一気に理想の画風になる、というわけではありませんでした。画風の名前に加えて、何を増やし、何を減らしたいかを伝えると、徐々に元々のイメージに寄せることができます。
たとえば、「葉を一枚ずつ描かず、緑の大きなかたまりで」「顔や服の細部は省略して」「余白を広く残して」といった頼み方です。
好きな絵や自分の絵を、画風の見本にする
言葉だけでは伝えにくいときは、参考画像を添付する方法もあります。
厚塗り風の絵
次に、ぼくがProcreateで描いたリンゴの絵を添付して試しました。
指示文の「ここまでの経緯は一旦忘れて。」は、前の画風を引きずらず仕切り直す意図で、こう書きました
ここまでの経緯は一旦忘れて。
あなたはこのリンゴを描いた人です。次のシーンを、添付画像のスタイルで描いてください。
ーーー
子どもの頃、昭和30年代親の出張で台北に住んでいた。隣の家との間に子どもにとっては高い塀があった。塀の上に隣家の西洋風の屋根が少し見えていた。塀のこちらには何本かの木が植えてあり、踏み台になる岩や普段は使わない家具や梯子がおいてあった気がする。ぼくは弟と木に登ったり、岩や梯子を使って、隣の家を眺めたものだ。
画角は横長16:9で頼みます。


スケッチ風の絵
次は、添付画像として、同じくProcreateを使って赤一色で描いたスケッチにスタイルを合わせるように指示。
「あなたはこの絵を描いた人です」は、画風を合わせたい意図を伝える言い方です。
しかし、この一文で作者固有の描き方まで忠実に再現できるわけではありません。実際、今回も見本の省略の大胆さと、生成結果の描き込みには差がありました。
今回も「ここまでの経緯は一旦忘れて。」と指示していますが、画風を仕切り直したいときには、新しいチャットを開き、必要な文章と参考画像だけを添える方法もあります。
ここまでの経緯は一旦忘れて。
あなたはこの絵を描いた人です。次のシーンを、添付画像のスタイルで描いてください。
ーーー
子どもの頃、昭和30年代親の出張で台北に住んでいた。隣の家との間に子どもにとっては高い塀があった。塀の上に隣家の西洋風の屋根が少し見えていた。塀のこちらには何本かの木が植えてあり、踏み台になる岩や普段は使わない家具や梯子がおいてあった気がする。ぼくは弟と木に登ったり、岩や梯子を使って、隣の家を眺めたものだ。
画角は横長16:9で頼みます。

図6|画風の見本として添付した絵。白い余白と、赤い画材のかすれた線が特徴。

生成AIは、少なくとも今回試した範囲では、人間が描いたような自然なラフさを出すのは難しく感じました。
また、木の枝の位置や梯子と岩の関係、椅子の形などに、AI画像特有の不自然な破綻もありました。
「人間が描いた感じ」を出すように指示してみた
赤い線画ができた後、ぼくはさらにこう頼みました。
描き損じとか、手の勢いとか、力を入れてる部分と流してる部分があるとか、人間が描いた感じを出して。

図8|追加指示の後の画像。線の重なりや走り書きのような線が増えた。一方で、背景にも多くの線が残っている。
ここは、正直に言うと、まだ難しさを感じるところです。
線を荒くすることと、描く人がある場所に集中し、別の場所では手を抜くことは、同じではありません。今回の画像でも線の乱れは増えましたが、「描き込むところと流すところの差」が十分に出たとは言えません。
AIの考える手描き風の絵は、ぼくが描いたスケッチとは別のものです。人の筆跡を表したいなら、生成画像の構成を参考に描き直すといった、AIとの組み合わせも考えられます。
直したいことは、一度に一つから
修正の頼み方は、短くても構いません。別の画風を試す過程で暗い場面ができたときには、こう伝えました。
これを昼間の光景にして

図9|変更前。別の参考画の色調を受けて、暗い場面として生成された画像。

図10|変更後。「昼間にして」という短い指示でも、明るさと色の印象が大きく変わった。
「昼間にして」「屋根を少しだけ見せて」「塀を子どもにとってもっと高くして」と伝える方が、直す対象をはっきりさせられます。
気に入った部分があるときは、「兄弟の位置と赤い線は気に入っています。家具の描き込みだけ減らしてください」のように、残したい部分も添えてみてください。ただし、変更してほしくないところまで変わることもあります。好きな一枚は、次の修正を頼む前に保存しておくと安心です。
記憶を再現すること自体が目的じゃない
ぼくが最初に書いた文章には、「家具や梯子がおいてあった気がする」とあります。
本当にそこに家具があったのか。梯子はどんな形だったのか。もう正確には覚えていません。
でも、その曖昧さを無理に埋める必要はないと思っています。
そもそも記憶は、写真のように過去をそのまま保存しているものではありません。忘れているところもあれば、なぜか妙にはっきり残っているところもある。
今回のことでいえば、家具の形は覚えていないのに、「子どもの自分には高く感じられた塀」と、その向こうに少しだけ見えていた屋根のことは覚えています。
たぶん、そちらの方が大事なのです。
だから、AIを使って昔の景色を正確に復元することが、この試みの目的ではありません。
できあがった絵を見ながら、
「こんな感じだったかな」
「いや、ここは違う」
「そういえば、こんなこともあった」
と、自分の中に残っているものを拾い直していく。
画像は、過去を証明するためのものではなく、記憶にもう一度触るためのきっかけです。
そして、もう一つ面白いと思っていることがあります。
記憶は、その人にしか持てない表現の材料になるということです。
絵を描こうとすると、普通は「何を描けばいいんだろう」と考えます。
でも、自分の記憶を材料にするなら、ネタはすでに自分の中にあります。
子どもの頃に見た景色。家族と食べたもの。学校帰りの道。妙に怖かった場所。嬉しかったこと。どうでもいいのに、なぜか忘れない出来事。
それらは他人から見れば小さな出来事かもしれません。
けれど、自分にとっては、自分がどういう人間になってきたのかにつながる断片です。
その断片をどう選び、どんな色で、どんな画風で、どこを省略して表すか。
写真のように描く人もいれば、絵本のように描く人もいる。数本の線だけで十分な人もいるでしょう。
正解はありません。
むしろ、その選び方にその人が出る。
これまで絵や映像で何かを表現するには、ある程度の技術を身につける必要がありました。描きたいものがあっても、「自分には絵が描けないから」と、そこで終わっていた人も多かったはずです。
生成AIは、その間にあった壁をかなり低くしました。
もちろん、AIが作った画像をそのまま出せば、何でも自分の作品になるという話ではありません。
何を題材にするのか。何を残すのか。何を違うと感じるのか。どこまで直すのか。
そこには、その人自身の判断があります。
だからぼくは、AIを使って記憶を絵にすることも、一つの自己表現になり得ると思っています。
上手な絵を作ることよりも、「自分の中にあったものが、初めて目に見える形になった」という体験の方が面白い。
それが、この方法を試してみてほしいと思った一番の理由です。
一枚できたら、誰かに見せよう
そして一枚できたら、できれば誰かに見せてみてください。
一緒に体験した兄弟なら、
「梯子はそっちじゃなかったよ」
と言うかもしれません。
子どもや孫なら、
「この塀の向こうには誰が住んでいたの?」
と、それまで聞いたことのなかったことを尋ねるかもしれません。
絵一枚で必ず会話が弾む、というほど単純ではないでしょう。
でも、それまで頭の中にしかなかった記憶が目の前に現れると、他の人もその場所に少しだけ入ってこられるようになります。
それもまた、記憶を画像にする面白さだと思います。
あなたにも、写真には残っていないけれど、なぜか今でも覚えている景色はありませんか。
もしあるなら、まずはそれを言葉にしてみてください。
絵を描くところからではなく、思い出すところから始めればいいのです。
